今ではもう、すっかり地を払ってしまった気風だが。
第一次世界大戦前までは、アメリカ人の女性たちにも脚の露出を厭う傾向が確かにあった。
身に纏うのは専らロングスカートで、ショートスカートなど以っての外。駅の階段を上る際、段差があまりに激しすぎるため脚を大きく上げねばならず、ともすればスカートがまくれてふくらはぎまで見えそうになる。これは由々しき問題だ、社会風教上看過できぬ、早急にすべての階段を数インチ低く造り直せと婦人団体が鉄道会社へ抗議に押しかけたこともある。
こうした女性が現代社会を直視したなら、いつから地上は露出狂の巣窟になった、これではまるでソドムの再現ではないかと大層嘆くことだろう。
――そんな当時のアメリカ社会で。
「母は病の床に臥し薬を買ふ金なく死に臨んでゐる、此時一万ドルを以てあなたの貞操を蹂躙しようとする者がある。あなたは母の病を癒す金を得る為に一万ドルを望むか(昭和九年、羽太鋭治著『浮世秘帖』272頁)」
こんな質問をぶっつけたレイモンド博士という人は、さぞかし度胸のある人だったに違いない。
オハイオ州のウィテンバーグ大学で教鞭を執っていたレイモンド心理学教授。彼は自分の教え子たる女学生、計六十名に上記の問いを投げかけて、その統計を得たという。
曰く、「四十五人は自分の貞操より一万ドルを取ると答へ、残る十五人は母を見殺しにするも貞操を売らずと答へた(同上)」そうな。
今の時代にこんなことを訊いたなら、たちどころにセクハラ認定されて訴訟を起こされ、一生を棒にふる破目になるだろう。
たかが「トロッコ問題」ですら小中学生に出題するのは不謹慎だと苦情を持ち込まれるご時勢だ。あながち荒唐無稽な想像でもあるまい。
かつての米国女性の精神性を測る上で、またかつての時代でしか出題不能な質問という点で、二重の意味にて貴重なデータと言えるだろう。
ついでに、これも『浮世秘帖』からの抜粋なのだが。
自動車王ヘンリー・フォードの飛ばしたジョークに、
「女の部分品販売をする方法はないものか(110頁)」
というものがあるそうだ。
ネックレスや指輪も同然の感覚で、瞳や髪の毛、腕に脚――肉体部品を交換する女性たち。ほとんど『攻殻機動隊』で描かれた世界さながらだ。
だが、確かに女性の美に対する執着ほど凄まじいものは他にない。そのエネルギーの猛々しさは万古不易と確信をもって言い切れる。なるほどそんな技術を確立させれば、フォードの懐にはたちどころに巨万の富が転がり込んで来るだろう。
短くも頗る切れ味のいい、単純剄烈な見事なジョークと評したい。
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