穢銀杏狐月

穢銀杏狐月

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

読書

春月による「自然愛」分析

感傷の詩人・生田春月は自然愛の源を大きく二つに分けている。厭離の心と、人間憎悪だ。 厭離の心は、人間憎悪の心では決してない。けれど、自然愛は、人間憎悪の反動である場合もある。例へば、バイロンの如きである。そして、西洋の詩人には、この方がむし…

「いよいよ敗戦国らしくなってきた」 ―二つの「戦後」を見た男たち―

大東亜戦争の激化につれて上野動物園で飼育されていた猛獣たちが殺処分を受けたことは、土家由岐夫の『かわいそうなぞう』等によって有名だが、同様の事態は欧州大戦当時のドイツに於いても起きていた。 貴族院勅選議員、大阪商工会議所会頭、稲畑勝太郎がそ…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・下―

やや話は脇道に逸れるが、この杉山の観測とよく似たモノを抱いていた人物を思い出したので触れておきたい。 「日本資本主義の父」、渋沢栄一その人である。 (Wikipediaより、渋沢栄一) 上記の異名をとるだけあって、渋沢は大日本帝国の資本主義的能力を極…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・上―

長州人で「桂」と聞くとどうしても、桂小五郎――木戸孝允――の名前の方がまず浮かぶ。 (Wikipediaより、木戸孝允) 晦渋な顔をした男である。 このイメージが先行するあまり、ともすればもう一人の「桂」の方とごっちゃになって、太郎(・・)を小五郎(・・…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―中編―

「軍備は無論装飾である、但し美術的に於てでなく、威力的に於て装飾である」 明治三十四年刊行の、橋亭主人著『兵営百話』に於ける一節である。 模範的といっていい。少なくとも近代国家に於て、「軍」とは斯くの如き位置付けを受けるべきものだ。 伊藤博文…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―前編―

裏面に杉山茂丸の策動があったとされる事件・政変の類はまったく枚挙にいとまがないが、わけても特に大規模であり有名なのは、やはり児玉源太郎・桂太郎と手を組んで、日本の前途を、やがて対露戦争へと至らしめるべく導いてのけた政治劇の一幕だろう。 満洲…

生死の境の陶酔の味

血を抜いた。 およそ三ヶ月ぶりの、400mL全血献血。 体内から一気に血が失われると、なにやら得も言われぬいい気分になる。 戦場で重傷を負った兵士が、ときにその意識を蕩けさせ、恍惚のあまりあらぬことを口走ったりするのは軍記物等でまま見かける描写で…

決闘考察 ―「男の世界」―

ヨーロッパの紳士たちにとって、決闘こそが問題の最終的解決法だった時代があった。 それもそう遠い昔の話ではない。帝政ドイツの立役者、鉄血宰相ビスマルクでさえ、若輩の時分はそれをやった。ほとんど日常的にした。この男のゲッティンゲン大学在籍時に於…

五感の喪失

五月七日、地球の軌道が緑色の大流星群のなかを通過した。ところがその翌朝、流星を目撃した地球上の人間はすべて視力を破壊されて盲(めくら)になるという椿事がもちあがった。いまや目明きの人間は、なんらかの事情で流星を見なかった、ごく少数の人間に…

百姓と云ふもの、その保守性

ぐずついた天気だ。 雨は降ったり止んだりを繰り返している。 しかし天から落ちてくるのが水滴ならばまだマシだろう。去る五月四日、山梨では広い範囲で氷が降った。 雹である。 それもかなり大粒の。 以来同様の現象は断続的に発生し、つい一昨日にも激しく…

高橋ダルマの手のひら返し ―後編・嗚呼無我天真の政治家よ―

第三十第内閣総理大臣斎藤実という人は、どうやらかつての海軍大臣斎藤実とは別の人であったらしい。 シーメンス事件で大臣職を辞して以来、久方振りに政治の表舞台へ舞い戻って来た彼を目の当たりにした人々は、一様にそんな印象を受けた。 (Wikipediaより…

斬首戦術

外科手術に喩えられるほどの鮮やかさで敵中枢の刈り取りを行い、一ツ意思のもと統制された軍集団を単なる群衆――個々人が寄り集まっているに過ぎない烏合の衆に戻してしまう。『幼女戦記』の主人公、ターニャ・デグレチャフが得意とする手口――通称「斬首戦術…

朝鮮の春、泥の海 ―『予ガ参加シタル日露戦役』―

大日本帝国陸軍中将、多門二郎の著書『予ガ参加シタル日露戦役』を読んでいる。 ほぼカタカナと漢字のみで構成された文章で、慣れ親しんだ平仮名がないため読解は思うように捗らず、ただならぬ苦労を要するが、それを忍んででも読む価値のある一冊だ。 私が…

迷信百科 ―隕石・化石―

「空から石が降ってくるなどということより、あのふたりのヤンキーの先生がたが嘘をついているというほうがまだ信じやすいね」 トーマス・ジェファーソン大統領 ニューイングランドに落下した隕石の報告を聞いて アーサー・C・クラークの著書、『神の鉄槌』2…

静かなる書庫の奥から

私が古書蒐集癖に目覚めたのは、忘れもしない、大学生の頃である。 私の専攻は日本史で、その日はレポート作成の史料を求めて大学図書館の書庫に入った。 あの沈殿した空気、心地のよい狭苦しさ、今でもはっきり思い出せる。光量の乏しさと人気なきゆえの静…

渋沢栄一と中華民国 ―なんら効果の見るべきものなし―

渋沢栄一が『論語』の愛読者であったのは広く知られたところであり、病状悪化し床の中で過ごす時間が増えてからは、『論語』を記した屏風をつくらせ、それにぐるりと取り囲まれて徒然なる病臥の時間を慰めたとか、いよいよ瀕死というときに陶淵明の辞を口ず…

加速する文明 ―クラークの第四ミレニアム―

ハンニバルがアルプスを越えた時と、ナポレオンがアルプスを越えた時とで、欧州の文化に変りはない――。 その昔、知識人の間でよく口の端にのせられた論説である。 正確な見立てと評していい。変ったのはその直後、蒸気と電気の応用・利用が本格化して以降の…

叛逆に失敗した男 ―生田春月―

弱者はその弱さゆえに強さに憧れる。そこに自己嫌悪が生まれ、自己叛逆が行われる。「自分に打ち勝つ」とは、畢竟この一連の経過の繰り返しに他ならない――生田春月は、そのように私に示してくれた。 これほど納得のいく解剖例を他に知らない。流石は春月、慧…

赤露のやり口

以前触れた松波仁一郎について、もう少しばかり語りたい。 昭和六年、彼は欧州歴訪の旅に出た。 航空機による移動が今日ほど身近でなかった時代である。松波の旅路は日本海を越えて大陸に渡り、北上してシベリア鉄道に乗車、広漠たるロシアの大地を横断し、…

暗殺雑考 ―「今太閤」、伊藤博文―

山縣有朋はその晩年、己が死期の接近をそれとなく悟るところがあったのだろう、頻りに往年を回顧しては、 「ああ、伊藤は羨ましい死に方をした」 とこぼしたと云う。 大日本帝国海事法学の創始者、松波仁一郎の証言である。1899年に開催されたロンドン万国海…

チャウシェスクとチェンバレン

チャウシェスクの末路を眺める度に浮かぶのは、チェンバレンの逸話である。 ナチよりも共産主義こそ脅威度は高しと判断し、1930年代イギリスのナチス・ドイツ宥和政策を主導した、ネヴィル・チェンバレンのことではない。その父親、ジョゼフ・チェンバレンに…

一日千秋・待望の時

私のフロム・ソフトウェアとの付き合いは長い。高校生の頃、たまたまブックオフのゲームコーナーで『アーマード・コア3 サイレントライン』(ps2)を手に取って以来の仲である。 まあもっとも、当時の私にはサイレントラインはあまりに難易度が高すぎて、未…

偉人英雄女性化作品肯定論者・矢野龍渓

矢野龍渓の『出たらめの記』こそは、まさに随筆らしい随筆だ。 詩歌、伝承、修身、謡曲、経済、風流、笑話に史論と、ありとあらゆるジャンルを網羅して、しかもそれらが纏まりなく雑居している。18世紀イギリスに存在した極端な女嫌いの紳士の話をしたかと思…

頭脳の柔軟剤 ―和田萬吉が残したもの―

日本人にはユーモアのセンスが欠けている、と俗に云う。 こいつらはどいつもこいつも樫の木みたく固く曲がらぬアタマの構造を持っていて、洒落と云うものを一向解さぬ。どころか逆に糞真面目を美徳と考えている節があり、それゆえ解す努力すら払おうとせぬ、…

歴史に名を残した鶏肉屋 ―シェクター判決―

確か小学生の頃だと思う。学校図書館で本を借りた。 近代史の流れを、漫画で表現した本である。「暗黒の木曜日」だの「世界恐慌」だのといった一連の単語に初めて触れたのはこの時だ。 漫画であるだけに、子供の脳には焼き付きやすい。以降長期に亘って、フ…

丸木砂土随筆に見る因果の輪

1952年の本である。 丸木砂土(マルキサド)と銘打ってあるものだから、てっきりどんなエログロナンセンスの大波が待ち受けているのかと半分期待、半分びくびくしながらページを捲ってみたところ、意外にも真っ当な良識に基いた穏当な文章が並んでいたので驚…

大日本主義者・茅原華山 ―大英帝国分割論―

茅原華山(かやはらかざん)については、以前鈴木三重吉の記事に於いてわずかに触れた。 大抵の場合、この名は「民本主義」なる概念を初めて提唱した人物として登場する。 なにせ、彼のWikipediaの冒頭にもそう書かれているほどだ。で、しばらく下にスクロー…

豚的幸福と阿含経 ―釈迦も匙を投げた人々―

原始仏教の経典の一つ、『阿含経』に次のような話がある。 釈迦がコーサラ国を遊行して、祇園精舎へやって来た当時のことだ。とある一人のバラモン僧がこれを聞きつけ、前々から釈迦の存在を目障りに思っていたこともあり、どうれひとつ彼奴めの説を粉々に打…

我が神、生田春月

厭世家にも慰めはある。厭世それ自体が一つの快楽である場合も多い。静かな丘の上にひとり坐して、十分に人間を憎み得る時は、厭世家にとっていかに喜ばしい時であらう。人生の中から悲惨な事実をあとからあとからとかき集めて来て、かりにも人生を楽しいも…

青島にて、ビスマルク砲台指揮官の見たる日本軍

戦史に於いて青島(チンタオ)の戦いほど不遇をかこっている例も珍しい。第一次世界大戦当時、大日本帝国が連合国の一員たるの責務として山東半島上に演じたこの戦いは、もっと評価されていいものだ。 決して生易しい戦(いくさ)ではなかったのである。 多…