穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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歴史

ダンボール以前 ―流通小話―

四十五億五千万ボードフィート。 我々にとって身近な単位に置き換えるなら、一〇七三万六八〇四立方メートル。 学校に併設されている二十五メートルプールの規模は、およそ四二〇立方メートルが一般的と聞き及ぶ。するとこれを収容するには、ざっと二万五千…

「誠意」の氾濫 ―南洋諸島覚え書き―

最初の世界大戦で、日本は「勝ち組」に身を置いていた。 戦後行われるパイの切り分け作業にも、当然参加する資格を有す。各国の思惑交錯し、智略謀略張り巡らされ、次の大戦への種子がまんべんなく振り撒かれたヴェルサイユ会議が終結したとき。極東の島国の…

包囲された都市のめし ―普仏戦争地獄変―

戦争の惨禍を蒙るのは、なにも人間ばかりではない。 物言わぬ動物も同様である。 以前私は、ハーゲンベック動物園の悲劇に触れた。欧州大戦末期に於いて、飢餓に苦しむハンブルクの住民は、かつてあれほど秋波を送った堀の向こうの動物たちを、もはや可憐な…

聖なる炎よ ―帝政ロシアのカルトども―

広い広い、際涯もないロシアの大地に出現した怪僧は、なにもラスプーチンばかりではない。 女帝エリザヴェータの治下に於いてもフィリポンと名乗る精神的一大畸形が登場し、怒涛の如く吐き出す鬼論で人心を幻惑、天下を聳動させている。 (Wikipediaより、女…

イレズミ瑣談 ―文化爛熟、江戸時代―

ドラゴンボールがいい例だ。 あるいはジョジョのいくつかと、らんま1/2も新装版はそう(・・)であったか。 これら少年漫画の単行本は、その背表紙が一枚絵になっている。優れた趣向といっていい。全部集めて書棚に並べ、完成したの(・)を眺めていると…

事を成すには ―大久保・伊藤、権勢の道―

――それにしても。 と、前回の流れを引き継いで、思わずにはいられない。 それにしても春畝公伊藤博文閣下とは、なんと豊富な逸話の持ち手であるだろう。 ひょっとすると「元勲」と呼ばれる面子の中でも最多なのではなかろうか。これはそのまま人間的襟度とい…

火事場の伊藤 ―紅炎迫る議事堂で―

最初はまず、臭いであった。 鼻を刺す――どころではない。「鼻の奥を抉られるような」厭(い)やな臭いがしたのだと、当日警備を担当していた橋口某は物語る。 警備といっても、民間企業の「雇われ」ではない。 彼の所属を闡明すると、「議院内派出所詰警部」…

伊藤博文、訣別の宴 ―「万死は夙昔の志」―

初代韓国統監職を拝命し、渡航を間近に控えたある日。 伊藤博文はその邸宅に家門一同を呼び集め、ささやかながら内々の宴を催した。 祝福のため、壮行のため――そんな景気のいい性質ではない。 ――二度と再び現世で見(まみ)えることはなかろう。 だから最後…

明治の神風 ―奇蹟的な歴史の隙間―

――あのとき神風は吹いていたのだ。 そう叫ぶ者に出くわした。 むろん、現代(いま)を生きる誰かではない。古い古い紙の上で、だ。 昭和二年六月十五日発行、雑誌『太陽』増刊号で文学博士・村川堅固が力いっぱい吼えていたもの。 彼の主張するところ、その…

明治毛髪奇妙譚・後編 ―ちょんまげこそは日本魂―

かと思いきやまったく同時期、世間がなんと言おうとも、意固地なまでの一徹ぶりで新奇を拒絶し、旧習の中に根を張って不動の構えを示し続ける手合いもいるから面白い。 断固散髪を肯んぜず、ちょんまげを守り続けた漢たち。―― その筆頭は、なんといっても「…

明治毛髪奇妙譚・前編 ―アタマは時代を反映す―

大清帝国が黎明期、辮髪を恭順の証として総髪のままの漢人の首をぽんぽん落としていたように。 ピョートル大帝がひげに税を課してまで、この「野蛮時代の風習」を根絶しようとしたように。 あるいはいっそヒトラー式のちょび髭が、公衆に対する挑発として現…

漢民族の言行不一致 ―支那に幻滅した尾崎―

以下はちょっと信じ難いような話だが。―― 清朝末期、全国二十三ヶ所に設置された税関は、途方もない運営方針に打って出た。支那人の雇用拒否である。 自国の行政機構から自国民を叩き出し、態々高いカネを払って西洋人を招聘し、業務を遂行させていた。 これ…

兵が畑で採れる国 ―李氏朝鮮の「拉夫」事情―

兵隊の数が足りなくなると、そのあたりの人夫を拉致して形ばかりの軍装をさせ、兎にも角にも体裁の弥縫に腐心するのは、なるほど宗主国様とそっくりだ。 李氏朝鮮のことである。 東学党の乱、またの名を甲午農民戦争が勃発した当初の話だ。朝廷はその保有す…

江戸の当時の蕩児たち ―『色道禁秘抄』を繙いて―

玉鎮丹、如意丹、人馬丹、陰陽丹、士腎丹、蝋丸、長命丸、鸞命丹、地黄丹、帆柱丸。 以上掲げた名前はすべて、江戸時代に製造・販売・流通していた春薬である。 左様、春薬。 現代的な呼び方に敢えて変換するならば、媚薬とか催淫剤とかいったあたりが相応し…

男装の麗人、その魅力 ―HENTAI文化は江戸以来―

文政九年のことである。 江戸は上野の山下で、世にも珍奇な見世物が興行される運びとなった。 女力士と盲力士の対決である。 互いに十一人の選手を出して、最終的な勝ち星を争う。 (Wikipediaより、土俵) 土俵の神聖もへったくれもない話だが、実のところ…

本間雅晴、アフガンを説く ―九十年の時を超え―

アリストテレスはいみじくも言った。 未来を見透したいのなら、過去を深く学ぶべし、と。 政体循環論の如き、悠久の時のスケールで人間世界を貫く哲理を求めんとしたこの男らしい口吻である。 幸いに、と言っていいのか。 過去を知るのは大好きだ。 大日本帝…

名誉の戦死を遂げた鳩 ―聖なる夜に想うこと―

鳩は一般に平和の象徴と認識されるが、果たして然りか。少年時代、彼らの共喰いを見て以来、この点ずっと疑問であった。 ほんのたわむれにフライドチキンの欠片を毟って投げ与えてみたところ、あまりに良すぎる喰いつきに思わず寒気を覚えたものだ。いやまあ…

合衆国の黄金期 ―「生産、貯蓄、而して投資」―

鉄道王の没落は、世界大戦の後に来た。 一九一四年に端を発する大戦争。トーマス・アルバ・エジソンをして「この戦争で人類の歴史は一気に二百五十年跳んだ」と唸らせた通り、一千万の生命(いのち)を奪った未曾有の悲劇は、しかし同時に、地球文明そのもの…

カネは最良の潤滑油 ―「賄賂天国」支那の一端―

北京の街を、日本人の二人組が過ぎてゆく。 西へ向かって。 うち一人の名は有賀長雄。 日清・日露の両戦役に法律顧問の立場で以って貢献した人物だ。ウィーン大学留学時、ローレンツ・フォン・シュタイン教授に師事し磨いた彼の智能は本物であり、旅順要塞陥…

民国元年、北京掠奪 ―袁世凱の怪物性―

一九一二年二月二十九日、北京にて。―― 支那大陸の伝統行事が始まった。 この地に置かれた軍隊のうち、およそ一個旅団相当の兵士がいきなり統制から外れ、暴徒に変身――あるいは本性に立ち返り――、市内の富豪や大商を手当たり次第に襲ったのである。 掠奪劇の…

女子高生と砂袋 ―越後高田の教育方針―

新潟県立高田高等女学校の実景(ありよう)は、私が従来「女子校」という言葉に対して抱懐していたイメージが、如何にステレオタイプに凝り固まった的外れな代物か、痛快に思い知らせてくれた。 前回同様、この地にも、岡本一平の足跡がある。 (Wikipediaよ…

満州豚と日露戦争 ―明治大帝の見込んだ品種―

そのいきものが下総御料牧場にやってきたのは、日露の戦火も未だ熄まぬ、明治三十八年度のことだった。 満州豚、都合六頭。 現今では「幻の豚」と称される希少種中の希少種であり、実食の機会を掴む為にはある程度の手間とカネ、そしてもちろん幸運が要る。 …

力の継承 ―大南洋の世界観―

街路の落ち葉もずいぶん増えた。 晩秋の気配はすぐそこだ。太陽はいよいよつるべ落としに、呼気が白く染まる日もほど近かろうと思わせる。 夏の盛りに買い積んだ、南洋関連書籍の山を崩すにはもってこいの時期だろう。 満を持して取り組んでいる。その御蔭で…

大帝陛下の御痛心 ―朝鮮米は砂だらけ―

明治二十七年十月二十五日、石黒忠悳(ただのり)に勅が下った。 朝鮮半島へと渡り、戦地各所を巡視して来よとの命である。 翌日、直ちに広島大本営を出立したと記録にあるから、派遣自体は前々から決まっていたことなのだろう。 日清戦争の幕が切って落とさ…

大工と牢獄 ―江戸時代の奇妙な掟―

これもまた、みそぎ・はらえの亜種であろうか。 新たに獄舎を建てるたび、囚人がひとり、牢から消えた。 江戸時代、将軍家のお膝もとたる関東圏で行われていた風習である。 (Wikipediaより、江戸図屏風に見る初期の江戸) 消えた(・・・)といっても、べつ…

歩兵第三十五聯隊金言撰集 ―越中・飛騨の健児たち―

大日本帝国の軍人たちは、実にこまめに日記をつけた。 明日をも知れぬ最前線にあってさえ、日々の記録を紙上に残す重要性が理解され、将校・士官のみならず、兵に至るまでそれ(・・)をした。 精神教育の効果を期待し、大っぴらに推奨した部隊というのも存…

「高貴なる義務」の体現者 ―慶應義塾の古参ども―

波多野承五郎、高橋誠一郎、石山賢吉、小泉信三――。 古書蒐集に耽るうち、気付けば私の手元には、少なからぬ慶應義塾出身生の著作物があつまった。 綺羅星の如き人傑たちといっていい。 その想痕に、ざっと目を通しての所感だが。――どうも彼らはいったいに、…

フランス偶感 ―革命前後と大戦直前―

革命という非常手段で天下の権を掌握した連中が、その基盤固めの一環として、旧支配者を徹底的に罵倒するのは常道だ。 彼らが如何に搾取を事とし、苛政を敷いて民衆を虐げ、しかもそれを顧みず、ただひたすらに私腹を肥やして悦に入ったか。酒池肉林への耽溺…

総督府の農学博士 ―加藤茂苞、朝鮮を観る―

米の山形、山形の米。果てなく拡がる稲田の美こそ庄内平野の真骨頂。 古来より米で栄えたこの土地は、また米作りに画期的な進歩をもたらす人材をも育んだ。 加藤茂苞(しげもと)がいい例だ。 大正十年、日本最初の人工交配による品種、「陸羽132号」を創り…

ポルトガルの独裁者 ―外交官のサラザール評―

1910年、ポルトガルで革命が勃発。 「最後の国王」マヌエル2世をイギリスへと叩き出し、270年間続いたブラガンサ王朝を終焉せしめ、これに代るに共和制を以ってした。 ポルトガル共和国の幕開けである。 (Wikipediaより、革命の寓意画) この国が「ヨーロッ…