穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

夢路紀行抄 ―期限の束縛―

夢を見た。 迂闊千万な夢である。 駅へと向かう道すがら、私のアタマに唐突に、ずっと昔に借りたまま部屋の隅っこに転がしっぱなしのDVDが浮かんだのである。 (しまった) あわてて引っ返すことにした。 が、先刻通過した際には影も形もなかった筈の抗議デ…

ルール占領への序曲 ―逸るフランス、イギリスの老獪―

これもまた、ヴェルサイユ条約が生んだカオスだろうか。 ドイツ、ラインラント一帯に不穏の状あり。共産主義者が労働者を煽動し、エッセン、ドルトムント、ミュールハイム等々の諸都市で蜂起、同地を瞬く間に占領下に置いてしまった――1920年3月の「ルール蜂…

報復讃歌 ―福澤桃介と森下岩楠―

世に愉快の種は数あれど、復讐に勝る悦びというのは稀だろう。 奥歯が磨滅するほどに、憎みに憎んだ怨敵を、首尾よく討ち果たしたその瞬間。溜め込み続けた負の情念は一挙に炎上、快楽へと昇華され、中枢神経を直撃しては白熱化させ、眼球から火花が飛び散る…

死体の転がる東京で ―明治人たちの幼少期―

維新回天の只中に幼年期を迎えた人々は、大抵その回顧録にて、東京の街なかにゴロゴロ転がる死体の姿を報告している。 とりわけ有名なのは、やはり尾崎行雄のそれだろう。 この人は単に見た(・・)のではない。偶々視界に入ったとか、そんな受動的なもので…

「二十年の停戦」へ ―続々々・ドイツ兵士の書簡撰集―

1918年11月13日、西部戦線の片隅で一人のドイツ軍人が自殺した。 それも自己の掌握する部隊を率いて本国に帰還せよ、と命ぜられた直後の自殺であった。 遡ること2日前、フランス、コンピエーニュの森に於いて、ドイツは連合国との間に休戦協定を締結している…

迷信百科 ―火葬場の呪い―

北越の都、長岡にはいわく(・・・)があった。 ここには火葬場が一つしかない。 伝統あるとは言い条、個人経営のくたびれた店で、炉に至っては骨董品といってよく、焼くのに大層難儀する。そのくせ料金は割高設定なのだから、住民としてはやってられまい。…

夢路紀行抄 ―八重鳥居―

夢を見た。 石畳をゆく夢である。 おそらくは御影石であろう。幾何学的な美しさを以って敷き詰められたその上を、一歩一歩地面の堅さを確かめるような足取りで行く。 道の先には古色蒼然とした鳥居があった。 大鳥居といっていい。 その気になればバスでもト…

偉大なる勝利のために ―続々・ドイツ兵士の書簡撰集―

前線に在る多くの兵士が認めることを余儀なくされた。 戦争は変わった、という事実を、である。 ハンス・ブライトハウプトもまた、高い授業料を支払って、教訓を得た一人であった。 私たちははじめは、ほとんど子供のやうに真正直に正攻法によって攻撃しまし…

戦場のピアニストたち ―続・ドイツ兵士の書簡撰集―

第26予備猟兵大隊所属、オットー・クレーエルが「戦場のピアニスト」になったのは、1914年11月1日未明、制圧した村落の一邸宅に於いてであった。 その屋敷は戦闘の余波をもろに受け、大広間には砲弾が飛び込んだ痕があり、 高価な夜具も、 磨き立てられた鏡…

ハーンの首を獲りに行く

『GHOST OF TSUSHIMA』を買った。 ゲームを発売日に購入するのは久々のことだ。『FF7R』以来だから、ざっと三ヶ月ぶりになる。 つまりはそれだけ、本作へ寄せる期待が大きい。 個人的な見解だが、名作と呼ばれるオープンワールドゲームというのは悉く、ただ…

魂叫 ―ドイツ兵士の書簡撰集―

ただならぬ本を手に入れた。 表題は『最後の手紙』。その名の通り、第一次世界大戦当時のドイツに於いて前線の兵士が書き送った手紙類をまとめたものだ。 帝政ドイツ版『世紀の遺書』といっていい。 「俺に弾丸が当たるものか」と大見得を切ったその直後、腕…

夢路紀行抄 ―験を担いで―

夢を見た。 麻雀を打つ夢である。 いつからか、私はバスに乗っていた。ガタゴトと揺れるそのバスは、どうやら山形県の海岸沿いを走行中であるらしい。窓外を、いちめん蔦に覆われた、今にも崩れ落ちんばかりの喫茶店が横切った。 ――目的地までは、だいぶ間が…

平生釟三郎ものがたり ―ダラー・エ・マンと武士道精神―

アメリカには「年俸一ドルのCEO」が大勢いる。 スティーブ・ジョブズをはじめとし、Google創業者のセルゲイ・ブリン、ラリー・ペイジ。時計ブランドフォッシルのコスタ・カーツォーティスに、ギンダーモーガンのリチャード・ギンダー。 鮎川義介が「ダラー・…

危機に臨んで ―イギリス、日本、中華民国―

中華民国時代、上海に「赤匪」――共産党の騒擾事件が起きたとき。 この狼藉者の集団がひとたび居留地を襲う形勢を示すや、そこに住まう人々は、大事な命と財産を、屠殺される豚のようにむざ(・・)と奪われてなるものかと大いに発奮。互いに人数を出し合って…

理想家の条件 ―尾崎行雄と新聞のジンクス―

尾崎行雄にはジンクスがある。この男が筆を揮うと、その新聞社は潰れるか、少なくともその寸前まで行ってしまうというジンクスが。 例外は、新潟新聞ぐらいのものであろうか。後は大抵、悲惨な目に遭っている。 朝野新聞は完全に滅亡してしまったし、報知新…

斬奸状見物録

今日も大気が濡れている。 こう、来る日も来る日も湿度が高いと段々やりきれなくなってくる。水っ気が脳味噌にまで浸潤し、頭蓋の中で白っぽくふやけてしまった心地がするのだ。 夜半、耳を聾する風の音で寝入りが妨げられたこともあり、どうにも集中力が低…

ブロガーバトンを受け取って

つい昨日のことである。 『もったいないブログ』を運営していらっしゃるscene"シーン"(id:scene-no-mottainai-blog)さんからブロガーバトンをいただいた。 www.scene-no-mottainai-blog.com 荘厳なる自然の眺めや美しき日本の原風景を鮮やかに切り取った紀行…

検疫小話 ―最後の長崎奉行の記憶―

前回、前々回と検疫について触れてきた。 折角だからもう少しだけ、この話を広げてみたい。 安政年間のコレラ大流行を目の当たりにして、よほど肝を冷やしたのだろう。わが国に於ける検疫の歴史――海外から来航する船舶への防疫措置に関しては、実のところ明…

尾崎行雄遭難記・後編 ―前代未聞の入国景色―

尾崎行雄がロンドンから本国の知人に向けて書き送った手紙の中に、次のような一節がある。 拝啓光陰人を待たず、無遠慮にサッサッと馳せ行き候は驚入申候。小生東京を放遂せられ尋て欧米漫遊の途に上れるも、既に一年の旧夢と相成候、夜深人定まるの後ち静か…

尾崎行雄遭難記・前編 ―痘瘡・チフス・大嵐―

『尾崎行雄全集 第三巻』を入手した。 目下、これに収められているところの『欧米漫遊記』を読み進めているのだが、これがまた活劇のように面白い。 なにせ、初っ端から咢堂の船が沈むのだ。 順を追って話すとしよう。 平素の言動――東京を火の海にする、とい…