穢銀杏狐月

書痴の廻廊

事は起すに易く、守るに難く、其終りを全くすること更に難し。努力あるのみ。一途に奮励努力せよ。

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2019-06-01から1ヶ月間の記事一覧

夢路紀行抄 ―浮気者―

夢を見た。 父親が死ぬ夢である。 風邪をこじらせぽっくり逝ってしまったと電話口で知らされて、慌てて帰省してみれば、なんたることか私を出迎えてくれたのは、馴染み深いキジトラ柄の愛猫ではなく、すわ狼かと見紛わんばかりの精悍な顔つきをした柴犬だっ…

共産主義者七変化

1901年、日本最初の社会主義政党、社会民主党が幸徳秋水らの手によって組織され、当局から即座に禁止処分を食らった際の出来事だ。同じ社会主義者の某から、幸徳は奇妙な注意を受けた。 「君も頓馬なことをしたな。社会民主党などと名付ければ、禁止されるこ…

「数え唄」撰集

一にいづめられ 二に睨められ 三にさばかれ 四に叱られて 五にごきはぎ洗ひすすぎさせられて 六にろくなもの被せられないで 七に質屋にちょとはせさせて 八にはづかれ 九にくどかれて 十にところをほったてられた 青森県は弘前に歌い継がれる数え唄。「津軽…

英国新聞協会会員、楚人冠

杉村楚人冠とイギリス新聞界との関わりは深い。 なにせこの男、イギリス新聞記者協会の在外会員という肩書まで持っているのだ。 だから日本に居ながらも英国事情に巨細に通じ、彼の地のマスコミ界隈に於いてある種の廓清運動が始まった時も、その報せはちゃ…

夢路紀行抄 ―ドラッグストアのウィッチャーゲラルト―

夢を見た。『ウィッチャー3』の主人公、リヴィアのゲラルトが日本の市街でラグビー選手に化けていた吸血鬼と死闘を繰り広げる夢である。 やがて角を切り落とされた吸血鬼は――どういうわけかこの吸血鬼には額から、角が一本、それも瘤だらけで血管の浮き出た…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・下―

やや話は脇道に逸れるが、この杉山の観測とよく似たモノを抱いていた人物を思い出したので触れておきたい。 「日本資本主義の父」、渋沢栄一その人である。 (Wikipediaより、渋沢栄一) 上記の異名をとるだけあって、渋沢は大日本帝国の資本主義的能力を極…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―後編・上―

長州人で「桂」と聞くとどうしても、桂小五郎――木戸孝允――の名前の方がまず浮かぶ。 (Wikipediaより、木戸孝允) 晦渋な顔をした男である。 このイメージが先行するあまり、ともすればもう一人の「桂」の方とごっちゃになって、太郎(・・)を小五郎(・・…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―中編―

「軍備は無論装飾である、但し美術的に於てでなく、威力的に於て装飾である」 明治三十四年刊行の、橋亭主人著『兵営百話』に於ける一節である。 模範的といっていい。少なくとも近代国家に於て、「軍」とは斯くの如き位置付けを受けるべきものだ。 伊藤博文…

日露戦争戦死者第一号・伊藤博文 ―前編―

裏面に杉山茂丸の策動があったとされる事件・政変の類はまったく枚挙にいとまがないが、わけても特に大規模であり有名なのは、やはり児玉源太郎・桂太郎と手を組んで、日本の前途を、やがて対露戦争へと至らしめるべく導いてのけた政治劇の一幕だろう。 満洲…

怪傑杉山茂丸翁

ここのところ幾日か、「其日庵」杉山茂丸について書こうとして、しかしそのたびにモニタの前で途方に暮れるというのを繰り返してきた。 貌が多すぎるのだ、この男には。 正しく「怪傑」の呼び名が相応しい。 その所為で、どこから手を着ければよいものやらと…

海南、楚人冠、紀州人

下村海南の随筆には杉村楚人冠が、楚人冠の随筆には海南が、それぞれしばしば登場し、発見者の私をして「おっ」と瞠若たらしめる。 前者の例を引くと、 昨年(筆者註、昭和九年)のことと思ふ、同人杉村楚人冠翁が十和田湖から八幡平を探勝して田尻湖へでも…

奴隷騎士哀歌

「私は求める。常に何ものかを求めずにはいられない。しかし、本当に私の求めてゐる最後のものは、表現することによってのみ、即ち生きることによってのみ、近づくことが出来るのだ」「私は求める最後のものへと近づいてゆく。しかし、その最後のものはつひ…

明治三十一年の台湾旅行 ―下村海南の見た景色―

下村海南がはじめて台湾の土を踏んだのは、明治三十一年、彼が二十四歳の折。 東京帝大を卒業し、逓信省に入りたての頃であり、本人の言を借りるなら、「別に会社を訪問するでもなし、取調らべるといふでなし、いやせねばならぬといふではなし。一逓信属とし…

戦前の男女共学校

大日本帝国時代の学制といえば、「男女七つにして席を同じゅうせず」との儒教道徳を遵奉して、性別により学び舎はおろかその教科内容まで劃然と区別されていたというのがまず一般的な認識だが、何にでも例外はつきものとみえ、所謂「今風」な男女共学校とい…

「よう死んで来てくれた」 ―北陸線列車雪崩直撃事故異聞―

その青年を、相馬御風はよく知っていた。 糸魚川はその北側を海に面し、南には山また山の重畳する、海岸に沿って東西に細長い町である。平地など猫の額ほどしかなく、おまけに風の荒さは折り紙つきで、昔から大火の絶えない土地だ。 青年は、そんな糸魚川の…

夢路紀行抄 ―心臓祭り―

夢を見た。 猟奇的な夢である。 夢のなか、中学生に戻った私は教師から、耳を疑う指令を受けた。なんでも新学期を始める前に心臓を取り換える必要があるから、これで適当に見繕って来いと言うのである。 教科書を買い揃えろとでも告げるに等しい、いともさり…

関東大震災と親不知の大雪崩 ―北陸びとのこころ―

東京から来た子供ひとりぼんやり空をながめてる空にゃ赤いとんぼいっぱいとんでゐる 大正十二年、関東大震災をテーマに、新潟の小学生が作った歌だ。 平成二十三年、東日本大震災が文字通り列島を震撼させた当時にも、実家の近くのアパートに福島から避難し…

夢路紀行抄 ―強制労働―

夢を見た。 収容所にぶち込まれる夢である。 最初、私は船の甲板に立っていた。 今となっては映画の中か、どこぞのテーマパークにでも赴かねばまずお目にかかれぬ、古式ゆかしき三本マストの風帆船の甲板に、だ。 周囲は暗い。夜の海を、船は滑るように進む…

夢路紀行抄 ―三本立て―

夢を見た。 紫色の空の下、『星のカービィ』シリーズに登場する無敵の砲台――正しくはシャッツォとか云う名前らしい――からの集中砲火を浴びせられる夢である。 段差を利用したり、落とし穴に潜んだりしてなんとか命を繋いでいると、唐突に場面が切り替わる。…

不吉な気配

起床につきまとう喉の渇きが、今朝に限って水を流し込んでも治らない。 まさかと思って葛根湯を、次いでバファリンを服用したが効果なし。不快感は一向去らぬ。 それどころか思い切りやすりがけでもされたかの如き痛みにまで発展してきた。 これはいよいよ、…

火口に向かってホール・イン・ワン ―スポーツ好きの下村海南―

今でこそ鎮まっている阿蘇山であるが――いや、果たして鎮まっているのだろうか、あの山は? 2014、15、16年と立て続けに噴火して、つい二ヶ月前にもまたぞろ噴煙を200メートルの高みにまで立ち昇らせて、未だに警戒レベルが「2」のままなあたり、とても「鎮ま…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―英国編・其之弐―

新世(あらたよ)を固めなすべく吾も今戦友(とも)を慕ひてなき数に入る 仇風に露と消(け)ぬるはいとはねど心にかかる妻の行末 たよるべき杖と柱を失ひしいとし妻子の道は険しき われ逝きて妻のはぐくむ一人児を護りましませ天地の神 わが妻の哭きになき…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―英国編・其之壱―

汁粥の乏しき糧に身は細り分ちかねけり鉄窓(まど)の雀に ますらをは弓矢のほかの憂き日にも国を念ひて心揺らがじ 皇国ののちの栄えを祈りつつ御勅かしこみ処刑場に立つ 国の為つくせし事のあだ花と散り行く我はあはれなりけり 靖国の戦友(とも)の御前に…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―中国編・其之弐―

日の本はまぼろしの国夢の国なつかしの国還れざる国(陸軍憲兵准尉安藤茂樹、広東に於いて刑死) 戦後連合諸国が行った裁判とやらが、その実法もへったくれもない単なる感情任せの復讐行為であったのは既に常識と化しているが、中でも広東で開かれた「法廷」…

『殉国憲兵の遺書』辞世撰集 ―中国編・其之壱―

桜花笑って散らう国の為 大日本帝国陸軍憲兵曹長、小谷野正七(28)が北京に於いて銃殺刑に処される直前、最後に詠んだ詩である。 氏はこれを、ちり紙に書き付け辛うじて残した。 蒋介石は降伏した軍人に、遺書をしたためる紙すら与えなかったのかと思うと名…

本山彦一座右八箇条 ―毎日新聞中興の祖―

新聞が権力の監視者などという戯言は、いまどき小学生でも信じていない。 その正体は、カーライルがとうの昔に喝破している。彼は古代から続く権力の推移を帝王、貴族、僧侶についで新聞に至ったと規定して、これを第四帝国とまで呼称した。 イギリスの詩人…

三原山のリレー投身 ―「無敵の人」の、その雛型―

伊豆半島から南東約25㎞の海上に浮かぶ火山島――伊豆大島は、かつて自殺のメッカであった。 厭世主義に取り憑かれた大正・昭和の若者たちは、大抵この島を火山島たらしめている三原山の噴火口か、さもなくば華厳の滝の滝壺かのどちらかに向かってその身を躍ら…